対等はバランスの上で成り立つ天秤ばかりの様な関係です

人間の良好な関係は、対等な立場にあると考えるが、それはとても難しい関係で対個人の関係でしか成立しないと思います。

人間関係の対等な関係とは

我々は、他者を自分と比べて順序をつけてしまう習慣が身についています。
これは、学校教育の成績順、運動会での競争、家族の中の立場、職場での役職など、現在の社会全体が順序をつけているのだからしょうがないと思います。
だけど、自分もなんとなく順序を考えて、自分よりも上か、下かを決めているように思います。
アドラー心理学では、全ての悩みは人間関係の悩みと断言しています。
考え方の斬新な心理学ですが、アドラー心理学を読めば読むほど、なるほどと思ってしまします。
アドラー心理学では対等な関係を築くには、どうすれば良いのでしょうか?
それは、比較しないことです。
他者と自分との比較をしないのが人間関係の対等な関係を築く鍵と考えます。

対等な関係の邪魔になる要素

先にも書きましたが、他者と自分との比較と順序付けです。
優越性という、他者よりも優位に立つこと、反対に、劣勢に立つこと、これらは上下関係に繋がります。
また、承認欲求という、他者から認められたい欲求にも上下関係が発生します。
「歯医者さんからほめられる歯」は他者から認められる欲求なので承認欲求だと考えます。
人間の上下関係が対等な人間関係の邪魔をしているのだと考えます。

教育の歪みが、対等な関係を妨げる

現代の教育は、先生と生徒の関係は、上下関係だと言えます。
優秀と言われる生徒ほど、先生の言うことを聞いて、勉強し規則を疑いもせずに守ります。
先生は将来の生徒のことを考えて褒めて、生徒に勉強をさせて、悪いことをしないように罰を与えて公正させ、日本の社会に送り出しているのですから、立派なことであることには異論はないです。
ただ、この先生と生徒の関係は上下関係です。
生徒は先生のために、先生の言うことをしっかりと守り、叱られたら反省し、立派な社会人となることでしょう。
これが、賞罰教育です。
これは、上下関係を作ります。
何も問題がなさそうですが、一つは承認欲求という誰かに認められたいという感情ができます。
感情に敏感な人間には、めんどくさい感情が生まれ、先生(特定の)に反抗して、落ちこぼれになります。
さらに、社会に反抗することで、自分の存在を先生や馬鹿にした人たちに見せ付けていると考えると、理解しやすいのではと考えます。
もう一つ、賞罰教育は、罰せられなければ、悪いこともできてしまいます。
つまり、管理されていなければ、法に触れなければ、誰にも知られなければ、悪いことができてしまうということです。
ネットでの、誹謗中傷は、賞罰教育の弊害の一つかもしれません。(携帯電話やスマートフォンには個別の通信用のMAC ID.があるので個人は特定できますよ、これらを考えた人たちは、とっても優秀な人たちですからね、ただ、バグというプログラムの穴は存在しますが)

人間の性(サガ)が対等な関係を妨げる

動物は、自然界を生きる残るために、集団を作ることが多々あります。
この集団を作る行為は、上下関係を構築しないとうまく機能しないと考えます。
犬は、もともと集団で行動する動物で、飼い犬でもご主人と認められれば、素直に従います。
飼い猫も、勝手気ままなようで、毎日餌をくれる人が誰なのか見ていて、犬ほどではありませんが、人間の顔を見て行動することがあります。
たぶん、集団で行動している人間は、他の動物と同様であり、人間本来の性の中には、主従関係というものがDNAに刻み込まれていると考えます。
この関係は、上下関係と考えます。
人間は、常に対等な関係を構築すると意識していないと上下関係になってしまうということだと思います。
グループの場合は、対等な関係というのは、成立しないのかもしれませんね。
集団心理と立場に関して、スタンフォード監獄実験というがありました。
この実験にはやらせのようなことが行われていたと言われていますが、多かれ少なかれ人間には存在する心理と考えます。
日本では、少年グループにより集団リンチや暴行など、とても恐ろしい感情だと考えます。
また、上下関係を強固とするために、恐怖を植えつけて、従わせる手法は、これまでの歴史を見れば歴然としていますね。

環境の違いが価値観の違いを生み対等な関係を妨げる

育った環境や出会った人の考えが、一人一人違いますので、異なった価値観に行き着くのは当然のことと思います。
価値観が異なると、考え方も違いますので、対等になるには、お互いの充分な理解がないと難しいのでないかと思います。
そして、理解を深めるには長い時間が必要となるのです。

 理想の関係は難しい

結局、人間関係を対等に考えることは、現実的には無理なのかもしれません。
特に、立場のある関係、たとえば人数の多い職場です。
上下関係を作るために、何らかの役職を与えられ、仕事をこなしていきます。
仕事上の上下関係だけど、プライベートでも上下関係が築かれてしまいます。
仕事の上司と部下の関係で、対等な関係を築いたのは、「釣りバカ日誌」のハマちゃんこと浜崎伝助と社長の鈴木一之介のスーさんくらいかもしれませんね。

上下関係のない理想の関係

ただ、ごく一部の友人と言われる関係に、上下関係のない、この理想の関係を、作ることは可能だと思います。
太宰治の「走れメロス」というお話がありました。
小さい頃に読んでも、チンプンカンプンのお話です。
友人同士、命をかけた約束です。
そして、心の中で友人を裏切ったことを、言い合える友人なんて、自分には信じられませんが、この友人関係は一つの理想なのかもしれませんね。

結局理想的な対人関係は築けないのか

この対等の関係は、国家間の関係でも同じことが言えるのだと思います。
対等な関係になってから初めて、対等に接することができると考えれば良いと考えます。
例えば、アメリカには核兵器があります。
日本にはありません。
要するに核兵器を持つことで、アメリカは他の国よりも優位な立場で、さまざまな交渉を行えるのです。
ポケットに拳銃を持ったマフィアのボスと話をするときに、丸腰のあなたは反論できるかどうか、人間は恐怖に弱いものです。
国家戦略を優位に進めるには、現在の人間の性(サガ)を考えると、軍事力という力は有効です。
結局、対人関係でも同じことが言えますね。
相対する人とは、すこしでも優位な立場になることで、すこしでも有利に自分の話を進めたい、そのような人たちと対等な関係は無理だと思います。
さらに、軍事力を持つことは、戦争にも勝てますので、次の歴史は、勝った者の歴史に作り替えることができるという事実があります。
対人関係でも同じことが言えると考えます。
正義は力によってねじ曲げられます。

理想的な関係を結べたらお互いの幸せは続く

これまで、自分も対等な関係を作る努力はしてきましたが、うまくいきませんでした。(めんどくさいですが)
特に職場は上に立つ人の考え方で180度変わってしまいます。
何でも、こうすることは当然だとか、当たり前でしょう、こんなの常識だという上司のいる職場は、よっぽど魅力がない限りは、すぐにやめた方が良いのかもしれません。
ただ、上下関係の好きな人には、そんなにも我慢しなくても良いのかもしれませんが。
本当に理想の関係が結べるのであれば、何人もいらないと思います。
一生涯で一人か二人でも、こんな関係ができたならば、成功なのかもしれません。

人間関係の理想は、天秤ばかりの中心軸をしっかりと固定するくらいの信頼関係の構築と、何をしても許し合える寛容な心、どんな時でも助け合える、そんな関係だと思います。

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