マスコミュニケーション

マスコミのめんどくさい

言論の自由を盾にして、好き放題報道するマスコミニュケーション(でも、全部ではなく一部ですが)には、うんざりし、めんどくさい!と最近特に感じています。

変な不安を煽る(正確な取材をせずに、可能性を論ずる)

不安な情報の方が視聴者の食いつきが良いためか、どうでもいい不安を煽っている今のマスコミには辟易(へきえきーうんざり)します。
雑誌等の根拠のない報道は、他人のことには興味のない自分でも腹が立つことがあります。
デメリットばかりを論ずる報道も何とかして欲しい、ちゃんとメリットも理解する必要があって、中立の立場で報道するのがマスコミではないかと思うがどうだろうか。
一方に偏った報道は、洗脳以外の何者でもない気がします。

無駄な情報の垂れ流し

我々の人生は、限りある時間を生きているのであって、有用な情報を正確に知りたいと思っています。(私だけか?)
個人的な恨みや、老人の運転免許の返還(自分で判断すれば良いこと)、ドライブレコーダーの危険運転(ニュース番組でなくて特集か何かで やって欲しい)、最近流行のユーチューブ動画(こんなモノGoogleのまわしものか)、その他諸々
報道には社会を変える力があるのだから、もっと真剣な報道をして欲しいですね。
そういう自分は、あまりテレビを見ない、雑誌を買わない、ゴシップ嫌いなので、あまり気にはならないのですが。
時間の無駄を感じる報道があまりにも多いので、日本の人々が情報を仕入れる時間がもったいないですね。

人を洗脳している

報道の中には一種の洗脳も含まれると考える必要があります。
教育が全て洗脳とは言いませんが、教育にも個人の自由を奪うような洗脳があります。
情報を受け入れるか、受け入れないか、個人の自由がありますが、明らかな批判を報道する時は、反対意見のコメンテーターなりを入れる必要があると思いますがどうでしょうか。

無責任

報道は責任の所在を明確にした方が良いと思います。
この場合、個人の責任ではなく、報道機関の責任を突き止めて、より正確な情報を報道していただきたい。
報道の自由は、何を報道しても良いということはないと思います。
不倫報道なんか、個人の自由を束縛する行為で、マスコミが個人の責任を追求するのは、滑稽(こっけいーばかばかしい)でしかありません。
マスコミには、大きな力があって、その力を個人に向けることは、単なる暴力であって、正当な行為とは到底言えないのではないですか。
あと、STAP細胞の件で、将来有望な人に多大な迷惑をかけたマスコミには、何の責任もないのでしょうか?
間違った情報を国民に押し付けたままでは、いけないと思うし、しっかりと正しい情報に書き換えていただきたいなと思います。
報道の自由を履き違えているようで、めんどくさいですね。(一部の報道陣のことですので)

我々は、報道という機関を使って、さまざまな情報を得ておりますが、めんどうくさいですが、知らないうちに洗脳されていることも事実です。
自分自身を、縛られて、自由な発想ができなくなったら、それは、洗脳もしれませんね!
自分の中でマスコミの言うことは、20%くらいしか信じていませんが、というより、ほとんど信用はしていないですね。

※この文章はjune-2020に書きました。POP KARAIE 唐家克也

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